ペット心理行動カウンセラー佐藤えり奈先生のエッセイ -Wanderful Life-

第5回 あなたの「ダメ!」、愛犬に伝わっていますか?

ペット心理行動カウンセラー佐藤えり奈先生のエッセイ -Wanderful Life-

ペット心理行動カウンセラー佐藤えり奈先生のワンちゃんの問題行動にまつわるエッセイです。


レストランで走り回る子どもをそっちのけで食事に夢中のお母さん。
料理を運んでいるウェイターに何度もぶつかりそうになり、見ているこっちもヒヤヒヤしました。
わたしは「どうして注意をしないものか……。」と思ってしまいます。

最近、「叱らない親」が増えているそうです。
なんでも、「子どものいいところを褒めてのばすしつけ」だそうです。
私の目の前でレストラン内を走り回り、ウェイターにぶつかり、出された食べ物を床に投げ捨てているこの子どもが、そのしつけ方により、どうなるのかはわかりません。

ただ、ひとついえるのは、あと数年後、この子どもが、母親のいうことはまったくきかなくなるだろうなということです。
そして、これはイヌにも同じことがいえます。

この「褒めてしつける」教育法は、子どもだけでなく、イヌにも適応される、最近のしつけの方針です。
もちろん私はこの「褒めてしつける」方法に大賛成です。

しかし、褒める「だけ」ではだめなのです。
望ましくない行動は無視するとはよくいったものですが、ギャンギャン吠えていたり、いたずらをしているのに無視しっぱなしなんて実際はなかなかできません。
いけない行動は、きちんと注意してあげないといけません。
いけない行動があった場合は、正しい行動をイヌに学習させるチャンスなのです。
きっと、子どもの頃から私が全く注意されることなく、褒められてばかり育ったら、とんでもないワガママ女に育ったでしょう。
イヌだってやりたい放題ならば、とんでもなくワガママに育つこともあるのです。

さて、問題は注意の仕方です。

「うちの子の犬種は痛みに強いので、思いきり蹴ったりしないということをきかないらしいのです」だとか、
「うちの子ちょっと叱ったぐらいじゃ全くいうことをきかないから、かなり大きい声で叱るんです」

これらは、今まで何度か、私が飼い主から聞いたことがある意見です。
痛みに強い犬種って、土佐犬かピットブルか何か?!と思いきや、愛くるしい元気いっぱいのゴールデンレトリバーでした。
痛みに強いというより、当の本人(犬)は「へっちゃらだもんね~」という持ち前の明るい性格で気にしていないようでした。
「それで、それだけ叱るとその困った行動をやめるんですか?」と私がきいたところで、返ってくる答えは決まって「ところがやめないんですよ」というものです。

実は、おしおき、つまりは罰には2種類あります。
叩く、蹴るといった身体的に苦痛を与えたり、大きな声をあげたりする私たちが一般的に考える罰は、「正の罰」(positive punishment)と呼ばれるものです。
これには、飼い主がイヌを撫でようと思って手をあげたとたん、叩かれると思ってイヌが怯えたり、飼い主も「これでもいうことをきかないならもっと強く叩かないと!」と 力加減を忘れてエスカレートしてしまったり、イヌとの絆がこわれたり、身体的に傷つくおそれがあります。
その行動の直後に行わなければ意味がありません。
そのため、私はこの「正の罰」を使いません。

私が推奨する注意の仕方というのは、「負の罰」(negative punishment)です。
これは、タイムアウトとも言われ、実は知らない間に使っている飼い主もいるのです。

人間の子どもであれば、デパートのおもちゃ売り場やスーパーで「これ買ってー!」とダダをこねている中、お母さんが「もう知りません!」と言って立ち去ろうとすると、「待って~!!」と泣きべそをかきながらお母さんの後を子供が追ってくる。(中にはそのままダダをこね続ける強者もいるかもしれないが)そんな光景に出くわしたことはないでしょうか?
イヌであれば、お散歩やドッグランに行って、なかなか帰りたがらないイヌに対して、「バイバ~イ!」とその場を立ち去ろうとすると、慌ててあなたの後を追ってくる。そんな経験はないでしょうか?

これぞ負の罰なのです。
そのまま、その行動を続けるとごほうび(この場合のごほうびだと、お母さんや飼い主)がなくなるよということです。
「もう知りません!」や、「バイバイ」という言葉は、「ご褒美がなくなるよ」の合図、NRM(No Reward Mark)の意味があります。
そしてこのNRMは条件付けしてこそ、効果を発揮します。

イヌがいたずらや好ましくない行動をしたとき、「こら!」「No!」「ダメ!」という言葉を飼い主のあなたは発しているでしょう。
しかし、本当にイヌはその言葉の意味を理解しているのでしょうか?
「ダメ」と言われれば、必ずイヌはその好ましくない行動を中断するのでしょうか?

本来、「こら」「No」「だめ」といった言葉はNRMとしてイヌに学習しておいてもらいたい言葉です。
これをイヌが理解していれば、好ましくない行動もイヌに伝えることができます。

では、なぜ「ダメ」と怒っているにもかかわらず、イヌに伝わらないのかというと、あなたが「ダメ」と叱っても、イヌはその望ましくない行動をし続けているからです。

「ダメ!」と叱っても、イヌは要求吠えをし続けている。
「ダメ!」と叱っても、イヌはテーブルの上に前足をかけたままでいる。
「ダメ!」と叱っても、イヌはじゃれがみをし続けている。

まずは、イヌの目の前から、イヌにとっての「ごほうび」がなくならないことには、意味がありません。

子イヌの頃によくある問題行動だと「じゃれ咬み」が多いですが、例にあげてみましょう。

甘咬みという飼い主も多いですが、この場合はほとんどが甘いなんてものではないので、じゃれ咬みといいます。
手足にじゃれついて咬んでくるものの、尖った乳歯で咬まれるとかなり痛い。
じゃれ咬みは放置しておくと、将来、本気で咬むこともあるので、絶対に子イヌの頃にやめさせておきたい問題です。

本来、じゃれて咬んできた場合は、飼い主はなるべく動かず(動くと余計にじゃれついてくるので)、低い声で「だめ」や、「痛い」とイヌに伝えてやめさせる方法が主流ですが、家族の中には子どもがいたり、家族全員が同じように対処できない場合があります。
そんなとき、部屋を一旦出る、イヌの前から姿を見せなくするのは有効な対処法です。

ここではNRMを「ダメ」に決めましょう。

たとえば、イヌがじゃれてきたときは、「ダメ!」と行って部屋を出てしまう。
そして、イヌが「何事?!」と不思議がっている間に、また部屋に戻る。
またじゃれてきたら、「だめ」と言って部屋を出る、の繰り返し。

つまり、イヌの視点でみると、「じゃれ咬みをする→『ダメ』!→飼い主がいなくなる(イヌにとって嫌なこと)」
さらには「おとなしくする→飼い主が側にいる(イヌにとって良いこと)」というのが関連づきます。
このように、悪い事と良い事を対比させるのもコツです。

一度関連づいてしまえば、飼い主がいちいち部屋を出なくても、イヌは、「ダメ!」→嫌なことがおこる、と学習するのでじゃれ咬みがなくなります。
大きい声で怒鳴る必用もありません。
そして、一旦このダメ!がNRMとしてイヌが学習すると、他の状況でも望ましくない行動がおこったときに応用できるのです。

このようにNRMの言葉を家族で話し合って決めるのも良いでしょう。
ここではダメを例に出しましたが、「ノー」でも「こら」でも、「あかん」でも、どの言葉を使ってもいいですが、かならず家族で統一することが肝心です。

いい子ね、かしこいね、かわいいね。
この言葉を聞いて、褒められていることがわかるイヌはたくさんいます。
しかし、「ダメ!」ですぐに今している行動をやめるイヌは、どれくらいいるでしょうか。

褒めるだけではだめなのです。
褒めるときはしっかり褒めて、注意する必用があるときは注意する。
イヌのしつけは「けじめ」が肝心です。

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プロフィール

佐藤 えり奈(さとう えりな)/京都市生まれ
ペット心理行動カウンセラー/行動コンサルタント/CAPBT MEMBER
伴侶動物行動学・養成資格
Diploma in the Practical Aspetcts of Companion Animal Behaviour and Training(英国COAPE公認資格)
ミネソタ大学 理学士
University of Minnesota Twin Cities B.Sc.
生物科学部生態進化行動学科卒業(米国)

幼少の頃から、大の犬好きが高じて犬の行動カウンセラーとなる。アメリカで行動学を、イギリスで犬猫の行動心理学を学び、現在は、関西を中心に犬の心理状態を考慮しつつ、行動学をもとに問題行動を解決するペット心理行動カウンセラーとして活動中。
著書に「イヌの「困った!」を解決する」(サイエンス・アイ新書)

◇関連リンク◇
佐藤えり奈先生のホームページ → http://www.petbehaviorist.info/

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